定義

ディサースリア(dysarthria)というのは字義的にはギリシャ語のdys+arthrounに由来し,「はっきりと話すことができない」という意味です.

ディサースリアはかつては構音器官のレベルで生じる構音の障害と定義されました.しかしその後,発声発語器官全体の(あるいはいずれかの)レベルで生じる発話(speech)の障害として拡大して理解されるようになり,現在では広く共通の理解に至っています.

ダーレイら(1975)によると,以下のように定義されます.言語病理学の領域では,ディサースリアの定義はダーレイらにならうのが一般的です.

「ディサースリアとは,発声発語器官の筋制御不全を原因として発話の実行に関与する基本的運動過程のいずれかの過程が障害された一連の発話障害を総称したものである」

この定義をわかりやすく説明しますと,ディサースリアというのは,呼吸器,喉頭,鼻咽腔,口腔構音器官といった発声発語器官のいずれかの器官に,運動速度の低下,運動範囲の制限,筋力低下,異常筋緊張,協調運動障害などの筋活動の異常が起こり,これによって呼吸,発声,共鳴,構音,プロソディーといった発話を生成するための基本的な運動過程のいずれかの過程が障害された結果出現したさまざまな発話の障害を総称したもの,ということです.

ネットセルという学者は,「発話運動を調節する神経メカニズムの障害による発話障害」と定義していますが,これはダーレイらの定義を端的にまとめているものと思われます.また,福迫の「発声発語運動の実行過程に関与する神経・筋系の病変によって起こる話しことば(speech)の異常」という定義も簡潔にして要を得ています.

主要文献

Darley,F.,Aronson,A.,Brown,J.:Motor speech disorders.Saundes,1975.

西尾正輝:Motor speech disordersとDysarthriaをめぐる定義および翻訳用語上の混乱と誤りについて.総合リハ,22:861-865,1994.

 

失語症との違い

  思考過程
    ↓
 言語学的過程
    ↓
 生理学的過程
    ↓
 音響学的過程

 発話の生成過程

ディサースリアと失語症のような言語の障害との区別は,模式的に上に示した発話の生成過程から考えると理論的に明確になります.まず発話を生成するには発話の内容について考える過程があります(思考過程).次に,抽象的な情報内容を言語規則(意味,統語,音韻規則)に従って記号化する過程がつづきます(言語学的過程).その後,記号化された情報内容を話しことばとして実現するために,中枢神経系から末梢神経系を経て効果器である発声発語器官に神経インパルスが送られ,呼吸器,喉頭,鼻咽腔,口腔構音器官といった各器官で発話運動のための筋活動が起こります(生理学的過程).こうして発話が生成され,音声波として空気中を伝播します(音響学的過程).

この発話の生成過程の中で,失語症とは言語学的過程の障害に分類されます.これに対して,ディサースリアとは生理学的過程の障害です.換言しますと,失語症は言語(language)の障害であり,ディサースリアは発話(話しことば;speech)の障害であるということです.両者はまったく別の障害です.

ディサースリアと失語症のような言語の障害との区分は,臨床的なプロフィールからも読みとることができます.失語症の方は言語記号を操作する能力が障害されます.従って,聴く,話す,読む,書くのすべてのモダリティに障害が認められます.これに対してディサースリアの方の場合,言語記号を操作する能力は正常であり,聴覚的な理解力,文字を理解する能力,文章を書く能力はいずれも正常なのです.

つまり,ディサースリアの方は正常にニュースを聞きとったり,新聞を読んだり,日記を書いたりする能力を保持しています.ディサーアリアの方がうまく話すことができないのは,あくまでも発声発語器官の神経筋機能が障害されているからなのです.言語記号を操作する能力が正常に保持されているということは,たとえ発声発語器官の運動障害が重度であるために口頭で表出することが困難であっても,上肢に運動障害がない限り,書字を用いると正常に意図を表出することができるということを示しています.

 

失語症以外の言語障害との違い

ディサースリアは,中枢あるいは末梢神経系,もしくは両神経系の損傷を原因とする神経原性あるいは筋原性の発話障害に限定されます.従って,口蓋裂や軟口蓋短縮症,deep pharynx,舌小帯短縮症などの形態異常による発話障害とは区分されます.これらは器質的構音障害と分類されます.

また,心因性失声症などの心因性の発話障害もディサースリアとは区分されます.機能的構音障害(音韻障害)や吃音といった発達性の発話障害もディサースリアに含まれません.歯牙欠損による発話障害もディサースリアには含まれません.これらの障害の多くは聴覚的にもディサースリアと区別することができます.

 

運動性発話障害としてのディサースリア

運動性発話障害(motor speech disorders)という術語の内容は歴史的にはダーレイら(1975)が「運動性発話障害(Motor Speech Disorders)」という書において初めて明確に示しています.ダーレイらは口頭によるコミュニケーションに関する基本的過程を,1)概念の構成,およびその表象形成と表出,2)呼吸,発声,共鳴,構音,プロソディーの共動的な運動機能で実現する発話による思考の外的表現,3)語を形成するために個々の音声言語音および音声言語音を組み合わせた連鎖を意図的に生成する際の運動技能のプログラミング,の3つに区分しました.そして,1)によっては失語症が,2)によってはディサースリアが,3)によっては発語失行が生じ,「失語症は言語(language)の障害であるのに対してディサースリアと発語失行は運動性発話障害である」としています.発語失行については「脳損傷の結果意図的に音素を生成するための発話筋群の構えと筋運動の連鎖をプログラムする能力が障害されたことに起因する構音障害」と定義しています.

失語症
ディサースリア運動性発話障害
発語失行

 

用語上の混乱をめぐって

国内では従来,ディサースリアは「麻痺性構音障害」,「運動障害性構音障害」,あるいは「運動性構音障害」として呼ばれてきました.他方,motor speech disordersもまた「運動性構音障害」として呼ばれ,ディサースリアとの間に用語上の混乱が生じています.

そればかりでなく,motor speech disordersとディサースリアの定義についても国内では明かな混乱と誤りが生じています.驚くべき誤解ですが,両者に対して同一の定義がしばしば与えられてきました.両者の用語上の区分が曖昧になっているので定義の区分も曖昧になるのは当然の成り行きともいえましょう.

こうした混乱はこの領域の発展にかかわる重要な問題と受けとめ,本研究会では,以下のように考えています.

1.ディサースリアとmotor speech disordersの定義上の区別は適切には普及しておらず,混同されている.しかし,両者は定義上の区別がなされ,そのためにも別個の呼称が必要である.

2.ディサースリアをなおも「構音の障害」として理解し,「構音障害」の名称を与えるのは時代錯誤であり,定義と抵触する.構音を拡大して発話(speech)として理解してこの用語を使用するというのは,構音と発話の混同を許容するものであり発話生理学の基礎理論に背いている.

また,ディサースリアは麻痺によってのみ生じる障害ではないことは明らかであるため,「麻痺性」という語を用いるのも不適切である.

さらに,ディサースリアの訳語に「運動性」もしくは「運動障害性」という術語を用いるのも不適切である.なぜなら,こうした術語はmotor speech disordersのためにダーレイらが使用したものであるからであり,訳語でも,motor speech disordersの訳語として「運動性」の用語を用いるべきである.

従って従来存在する訳語はすべて問題を含んでいる.

3.Motor speech disordersに対しても,「構音障害」という術語をあてるのは明らかに誤りであり,その定義に抵触する.

4.以上から,本研究会では,Motor speech disordersを「運動性発話障害」と呼び,dysarthriaを英語名で“dysarthria”と呼ぶか,あるいは多くの医学用語がそうであるように仮名で呼ぶよう提唱しています.仮名で呼ぶ場合,「ディサースリア」とするのが適当と思われます.新たな造語を提唱するのは混乱を招くおそれがあり,回避したいと考えています.

ここでこの仮名の発音の正確さについて論ずるというのは,蒙昧な議論です.仮名で呼ぶというのは日本語化させるわけですから,英語での正しい発音にもとづくよりも日本語として発音しやすいように配慮するのは当然のことでしょう.日本語としてなじまないのでは,仮名にする意味がありません.

仮名の用語というのは最初は奇異な印象を与えるでしょうが,これは親近性の問題であり時間が解決してくれます.柔軟なことばの感性と的確な思考能力を備えた方に支えられ,この用語は広まってゆくことでしょう.

 

発症時の年齢

ディサースリアには先天的なものもありますし,後天的なものもあります.先天的ディサースリアのほとんどは,脳性麻痺(CP)によるものです.国内では脳性麻痺などにともなう先天的な発話の障害をディサースリアに含めないと一部で理解されていますが,明らかな誤りです.

 

発現率

国内では物井(1991)の調査によると,老人のコミュニケーション障害の中ではディサースリアの発現率が最も高く,次に全般的精神活動低下にともなうコミュニケーション障害,失語症の順であったと報告されています.

メイオ・クリニックの言語病理学部門で1987年から1990年までの後天性コミュニケーション障害患者4,756名を対象とした調査では,運動性発話障害の発現率が36.5%ともっとも高く,失語症は19.5%でした.これらの症例の中で神経原性のコミュニケーション例だけを抽出してその内訳をみると,ディサースリアが46.3%と圧倒的に高く,発語失行が4.6%,失語症は27.1%でした.

文献
物井寿子:老人のコミュニケーション障害:臨床現場から.音声言語医学,32:227-234,1991. Duffy,J.:Motor speech disorders,Mosby,1995.

 

原因

ディサースリアを起こす原因疾患には,血管障害,外傷,感染,腫瘍,中毒,代謝異常,変性疾患などがあり,いくつかの特徴を持っています.

まず第一に,血管障害によるものがかなり多いということであり,この点では失語症と共通しています.第二に,失語症の場合はほとんどが脳血管障害であるのに対して,ディサースリアでは血管障害の他に原因がかなり多彩であることが指摘されます.第三に,退行変性疾患に属するものが多いという特徴がみられます.これは明らかな原因が不明なまま神経系のある領域の神経細胞が変性脱落し,それに応じた神経症状を示す疾患の総称です.ディサースリアを引き起こす退行変性疾患には,パーキンソン病およびパーキンソン症候群,進行性核上性麻痺,ハンチントン舞踏病,脊髄小脳変性症,進行性球麻痺,筋萎縮性側索硬化症などがあります.これらの変性疾患は,失語症の原因疾患としては特徴的ではありません.

 

障害部位と障害される発声発語器官

1.障害部位

神経解剖学的損傷部位は,大脳皮質の運動野から発声発語器官の筋に至るまでの運動系のいずれかです.すなわち,中枢神経系または末梢神経系,あるいは両方にみられます.中枢神経系は,錐体路系,錐体外路系,小脳系に分けられます.さらにこれに,筋系の障害もディサースリアの原因をなします.

2.障害される発声発語器官

発声発語器官の中では,呼吸器,喉頭,鼻咽腔,口腔構音器官のすべてが障害されることがありますし,いずれかの器官の運動活動が障害されることもあります.呼吸器,喉頭,鼻咽腔,顔面の上部は両側の大脳から神経支配を受けているために障害されにくいのに対して,舌や顔面の下部は一側の大脳のみから神経支配を受けているので障害されやすいという特徴があります.ですから,半身に麻痺が見られる場合は,舌や顔面の下側にも麻痺がみられると推察して良いでしょう.

 

タイプ分類

従来,ディサースリアの領域では一般にダーレイら(1975)によって確立された分類法が用いられてきました.すなわち,弛緩性,痙性,失調性,運動低下性,運動過多性,混合性の6つに分類するというものです.

このダーレイらの分類に含まれる痙性ティサースリアは,上位運動ニューロンの両側性障害により起こる仮性球麻痺にともなって出現するとされてきましたが,実際には一側性の核上性障害でも出現することが最近になって認められるようになりました.こうした中枢一側性のディサースリアは舌と顔面の一側性障害により発現し,構音とプロソディーの異常を特徴とします.発話明瞭度は通常日常会話が可能なレベルです.

近年,こうしたタイプのティサースリアはUUMN(一側性上位運動ニューロン性:unilateral upper motor neuron)ディサースリアとして国際的に分類されるようになりました.こうして第7番目のディサースリアが追加されたことで,ダーレイの分類システムは一部修正されることとなりました.

ディサースリアの分類
弛緩性
痙性
失調性
運動低下性
運動過多性
混合性
一側性上位運動ニューロン性(UUMN)

 

病態生理,重症度,臨床経過

1.病態生理
ディサースリアのタイプによって,運動麻痺,異常筋緊張,筋力低下,協調運動障害,不随意運動などの異常な病態生理がみられます.

2.重症度
重症度は軽度から重度までさまざまです.一般に,発話明瞭度を中心として重症度を判定します.

一般に用いられる会話明瞭度の評価尺度
1.よくわかる
2.時々わからない語がある程度
3.聞き手が話題を知っているとどうやらわかる程度
4.時々わかる語があるという程度
5.全く了解不能

 

3.臨床経過

ディサースリアの臨床経過は,一過性の場合もありますし,障害が残存する場合もあります.脳卒中後に一側の舌と顔面に麻痺が出現し構音とプロソディーが認められるものは,一過性ディサースリアの典型であり,しばしばみられます.前述のUUMNディサースリアがこれに該当します.この場合はしばしば数週間で自然回復によって発話障害が正常化しますが,残存することも珍しくありません.

スピーチ・リハビリテーションの適応となるのは慢性化したディサースリアであり,この場合,音声言語治療により発話に改善がみられるもの,みられないもの,さらに病変の性質から増悪するものと,臨床経過はさまざまです.