本年2023年3月末をもって、私は新潟医療福祉大学を定年退職致しました。前任校である栃木県の国際医療福祉大学で勤務した期間と合算しますと、計24年間、常勤で大学教員として勤務したことになります。
この間、沢山の学生の方々と、大学ならびに大学院で出会う機会に恵まれましたことを幸せに思っています。また、大学・大学院で勤務する以前に病院で言語聴覚士として勤務していた時分に非常勤として様々な言語聴覚士養成校で出会った学生の方々、実習で出会った学生お一人おひとりがとても懐かしく感じられます。
私が最初に大学にて指導した学生の方々の年齢を算出してみますと、既に46歳程度になっていることになります。大学で勤務しておりますと、教壇に立つ私の目の前に座っている学生たちは永遠的に20歳前後です。しかし時系列で眺めますと、その一人ひとりは確実に成長し、社会で言語聴覚士として活躍し、人によっては結婚して子供を産んで家庭を大切にし、あるいは臨床と研究に専念して生きていらっしゃいます。毎年の年賀状を拝見させて頂く度に、その成長ぶりに驚かされます。
ところで、「西尾先生は、実に計画的に生きてこられましたね」と、定年退職時に祝辞を頂きました。「お若い頃は世界中を飛び回って研究と臨床に没頭し、AMSDを作り、様々な訓練教材を作り、ついにはMTPSSEを完成させられましたね」と、おほめを頂きました。
しかし、それは事実ではありません。私には計画などなかったのです。ほとんどすべてが成り行きでした。頭にひらめいたものに次々と没頭している内に、気が付いたら定年という歳になっていたというのが実際のところです。
もとより、教員となったのも成り行きでした。国際医療福祉大学言語聴覚学科の初代学科長の笹沼澄子先生と二代目学科長の伊藤元信先生からお誘いを受け、当時所属していた東京大学音声言語医学研究施設で師事していた新美成二先生にご相談して同大学の教員に着任致しました。そして、そこから突然、教員としての人生が始まりました。それまでいくつかの養成校から教員としてお誘いを受けながらすべてお断りして日々基礎研究と臨床に明け暮れていたのですから、あの時私の背中を押してくれた新美先生のお言葉がなければ、私は基礎研究者としての道を歩み定年退職していたのではないかと思います。
ふり返ってみますと、人生とは人との出会いによって右に折れたり左に折れたりして上り坂と下り坂を歩むものだと気づかされます。
ただ、一つだけ計画的といっても良いことがあります。それは、MTPSSEです。日本のSTのレベルの格差があまりに大きく、まだ運動生理学的エビデンスから遠く離れたところで臨床を行っている現状を打破したい。40歳くらいの頃から、そう感じていました。しかし、どのようにすればよいか、当時はさっぱりわかりませんでしたし、そうした実力もありませんでした。
しかし、50歳くらいになった時、ようやく臨床に自信がもてるようになってきました。それまでに発話速度の調節法や顔面のCIセラピーなどを開発・発展させ、ディサースリアは確実に言語治療により改善するという自負心は持てるようになっていましたが、まだ、自信がもてない面がいくつかありました。
しかし、50歳くらいになった時、私は変わりました。
たとえば、舌の訓練を例として取り上げますと、私は舌を発生学的に検討し、解剖・生理学的に訓練のあり方を見直しました。すると、挙上方向や前方方向という単純な特異的方向に向かってばかり舌を運動させるという運動生理学的原理原則から外れた訓練を実施してきたということに気づいたのです。そして、多角度的に訓練を行うようにしたところ、重度の両側舌下神経麻痺のような方でも改善していく経験をするようになったのです。かつてCIセラピーを開発して実施することで顔面神経麻痺が改善していくのを経験するようになったのと同じような驚きでした。角度特異性の原理を看過してきた古典的手技を改め、舌の多角度等尺性運動を確立したのです。
このようにして運動生理学的エビデンスに依拠して、それまで実施してきた訓練手技を一つひとつ見直して実践し続けた結果、50歳くらいになった時にようやく臨床に自信が持てる手技に発展させることができるようになったのです。そして、包括的な規格化されたリハビリテーションプログラムを完成させたいと願うようになりました。私のST人生の中で、始めて計画的に取り組みだしたプロジェクトでした。
それが、MTPSSEです。施行錯誤のくり返しでした。率直に言いますと、もうダメだ、という限界に幾度もぶちあたりました。休日には研究室にこもって執筆し続けるストレスに耐えられなくなり、温泉宿を借り切って、終日温泉に浸かって休息をとりつつ執筆を続けたことも少なくありませんでした。気がつくと、その温泉宿の常連客になっていました。
今からふり返りますと、気が遠くなるくらいの時間と労力をあてがう毎日をすごしました。そして、2021年になって、ようやく出版する運びとなりました。丸10年の歳月を費やしました。
定年退職の15年ほど前になってようやく臨床にある程度の自信を持てるようになり、その臨床効果を誰もが発揮できるように規格化するために10年の歳月を費やしてMTPSSEを完成させ、翌年2022年のそのエッセンスを一般向けにまとめた「ノドトレ」を上梓できたのは、何かしら運命的なものを感じずにはいられません。今、定年退職して冷静にふり返ると、私はこのMTPSSEを完成させるために長い道のりを紆余曲折しながら歩んて来た気がしてなりません。というのも、この研究を進めるほどに、それまでの様々な経験、知識、技術などがこのプログラムに終結していくのですから。
さて、定年退職後は無償にて奉仕活動を行い、社会に貢献したいと願っています。この目的を実行するために、この度、日本海医療福祉研究施設を創設致しました。
多くの社会奉仕活動を行いたいと願っていますが、焦らず、一歩一歩進めていく所存です。まずは、誤嚥性肺炎の介護予防活動として、ノドトレを普及させたいと願っています。上下肢、体幹の介護予防運動プログラムは全国に存在します。レジスタンス運動を適切に行えば、その効果がみられることも実証されています。
ところが、口腔及び周辺機能に関しては、残念ながら口腔体操が全国で行われているのが現実です。過負荷の原理、特異性の原理、個別性の原則など運動生理学的原理原則から大きく逸脱したこうした無益な口腔体操を辞めて、真に加齢に伴う発話と嚥下にかかわる筋群の衰えを予防できるレジスタンス運動を普及させ、健康増進に健康することに微力ながら貢献したいと存じます。
その折には、日本ディサースリア研究会の皆様方のご協力も仰ぎたく存じます。どうぞ、今後とも宜しくお願い致します。
2023年4月吉日 西尾正輝