昨年16年度から,当研究会主催のディサースリア治療セミナーが始まった.これは従来継続してきたディサースリア年間講座を終結させ,あらたに年に1回ずつ平成20年度まで計5回開催する予定である.第1回は12月に札幌で開催したが,驚くことに,一般に広報活動を展開する前に,既に定員に達してまった.11月に企画した第2回治療セミナー(名古屋)は,僅か1週間で定員に達してしまった.また,この年はYorkstonらの教科書が翻訳され,念願のディサースリアの標準検査(AMSD)も完成した.
こうして昨年をふりかえると,国内のST間におけるディサースリアに対する期待と関心は,10年前と比較して確実に高まっていることがわかる.この領域における知の変革が確実に進行していることがわかる.
第1回治療セミナーを札幌で終えた日,私は雪のちらつく千歳空港から飛行機に飛び乗り,少し高揚した気分でこうして1年を振り返ったものだった.沢山の原稿や資料をバックにつめ込んで全国を飛び回り,ホテルでは深夜まで執筆をつづけた日々が,感慨深く甦った.
しかしその翌朝,私は大学の講義を終えて研究室でメールをひらくと,私たちの活動が緒についたばかりであることを思い知らされることになった.過去に年間講座を受講なさったという方からのメールと,研究会会員の新人STの方からの二つメールに,重い現実をつきつけられたのである.
最初の年間講座終了者の方からメールは,こうだった.彼女は自分の所属する県士会の企画係りとして,4名の担当者と一緒に次回の研修会のテーマを選択するために会員にアンケート調査を行ったという.その結果ディサースリアに最も多くの票が集まり,企画部より起案書を立案して理事会に提出した.ところが,理事会で易々とこれが否決されてしまったという.否決された理由を理事の一人に伺うと,こうしたことばがぶっきらぼうに返ってきた.「構音障害なんて,ダメですよ.アレ,直らないから.アタシは15年も臨床をやってきたけど,良くなった人は一人も経験していません」.
次に,STになって1年目の新人の方からのメールを読んだ.新人研修会で発表するにめに,その方はUUMNディサースリアについて臨床8年目の方から指導を受けているのだが,とても困惑している,というのである.その新人STの方は,勤務後に2時間もかけてAMSDの検査結果,画像所見,レジュメを持参して指導者の病院のもとへ訪れたところ,こう指導を受けたという.「まず中枢神経系の損傷ですからね,それは『痙性構音障害』の誤りです.修正してください」.
寒い.またまだこの領域は,真冬というのが当を得ているのかもしれない.一部のSTの人たちは智と技を飛躍的に発展させつづけている.他方で,このような絶句してしまうような無理解がはびこっている.日本のそこかしこに,である.その温度差は,なんと拡大していることだろう.ST界全体でディサースリアの臨床レベルが向上した,といえる時代を迎えるのは現在の20歳代の人たちが30歳代の中堅となった頃になるのかもしれない.
しかし,凛として,立ちつづけよう.そして,昇りつづけよう.あなた方が次の時代を築かなくてはならないのである.冬空の向こうの明日を仰ぎつづけてほしい.