国内では従来,ディサースリアは「麻痺性構音障害」,「運動障害性構音障害」,あるいは「運動性構音障害」として呼ばれてきました.他方,motor
speech disordersもまた「運動性構音障害」として呼ばれ,ディサースリアとの間に用語上の混乱が生じています.
そればかりでなく,motor speech disordersとディサースリアの定義についても国内では明かな混乱と誤りが生じています.驚くべき誤解ですが,両者に対して同一の定義がしばしば与えられてきました.両者の用語上の区分が曖昧になっているので定義の区分も曖昧になるのは当然の成り行きともいえましょう. こうした混乱はこの領域の発展にかかわる重要な問題と受けとめ,本研究会では,以下のように考えています. 1.ディサースリアとmotor speech disordersの定義上の区別は適切には普及しておらず,混同されている.しかし,両者は定義上の区別がなされ,そのためにも別個の呼称が必要である. 2.ディサースリアをなおも「構音の障害」として理解し,「構音障害」の名称を与えるのは時代錯誤であり,定義と抵触する.構音を拡大して発話(speech)として理解してこの用語を使用するというのは,構音と発話の混同を許容するものであり発話生理学の基礎理論に背いている. また,ディサースリアは麻痺によってのみ生じる障害ではないことは明らかであるため,「麻痺性」という語を用いるのも不適切である. さらに,ディサースリアの訳語に「運動性」もしくは「運動障害性」という術語を用いるのも不適切である.なぜなら,こうした術語はmotor speech disordersのためにダーレイらが使用したものであるからであり,訳語でも,motor speech disordersの訳語として「運動性」の用語を用いるべきである. 従って従来存在する訳語はすべて問題を含んでいる. 3.Motor speech disordersに対しても,「構音障害」という術語をあてるのは明らかに誤りであり,その定義に抵触する. 4.以上から,本研究会では,Motor speech disordersを「運動性発話障害」と呼び,dysarthriaを英語名で“dysarthria”と呼ぶか,あるいは多くの医学用語がそうであるように仮名で呼ぶよう提唱しています.仮名で呼ぶ場合,「ディサースリア」とするのが適当と思われます.新たな造語を提唱するのは混乱を招くおそれがあり,回避したいと考えています. ここでこの仮名の発音の正確さについて論ずるというのは,蒙昧な議論です.仮名で呼ぶというのは日本語化させるわけですから,英語での正しい発音にもとづくよりも日本語として発音しやすいように配慮するのは当然のことでしょう.日本語としてなじまないのでは,仮名にする意味がありません. 仮名の用語というのは最初は奇異な印象を与えるでしょうが,これは親近性の問題であり時間が解決してくれます.柔軟なことばの感性と的確な思考能力を備えた方に支えられ,この用語は広まってゆくことでしょう. |